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じろうものがたり

次郎物語

下村 湖人

05 第五部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 200,443 字 · 398 页

青空文庫

「どうぞ、あちらに。」

朝倉夫人に指さされた座ぶとんは、恭一と道江との間にはさまれていた。入り口に近いほうに夫人と道江、床の間に近いほうに先生と恭一とが席を占めていたのである。

かれがまだ尻をおちつけないうちに、

「次郎さん、しばらく。」

と、道江が座ぶとんを半分すべって、あいさつをした。

「やあ、しばらく。」

次郎も、すぐあいさつをかえしたが、道江の顔をまともには見ていなかった。かの女の羽織や帯の色が、美しい雲のように、うずを巻いて、眼のまえに浮動するのが感じられただけだった。

「道江さんにお会いするのは、私も家内も今日がはじめてなんだよ。君のお父さんからのお手紙や何かで、お名前だけは、すこし前から存じていたんだがね。」

朝倉先生が次郎に言った。次郎は、固くなって、

「はあ。」

とこたえたきりだった。しかし、心の中では、父が朝倉先生にあてた手紙に道江のことを書いたとすれば、それは恭一との婚約に関係したことにちがいない。それ以外のことで、道江のことなんか書く必要はすこしもないはずなのだから、と思った。

「うちで、白鳥会の連中が先生の送別会をやった時には、道江さんもいたんじゃなかったかな。