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ぶけわらじ

武家草鞋

山本 周五郎

「松風の門」操書房、1948(昭和23)年6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 17,835 字 · 35 页

青空文庫

老人は頷き頷き聴いていた、そして伝三郎の言葉が終ると、暫く眼をつむってなにか考え耽っていたが、やがていつもの淡々とした調子で、「よくわかりました」と云いだした。

「世間が汚れはてている、卑賤で欺瞞に充ちているからつきあえない、だから見棄ててゆく……こう仰しゃるのですね」老人はそこでしずかに眼をあげた、「……よくわかりました、しかしこの老人にわからないことが一つあります、それはあなたご自身のことです、あなたは此処へいらしって数日後に身の上話をなすった、家中の方々の多くが御都合主義である、清廉でない、御老臣は節を変ずる、江戸へ出れば世の中は無耻で卑しい、悪徳が横行してどこにも誠実はない、……そのようにお話しなすった、しかしいちどもご自分が悪いという言葉はございませんでした」老人はそこで口を閉じ、暫く黙って眼をつむっていた、「……今この村へいらしってからの事も、柏屋の手代とか、人夫の狡猾、百姓の娘の貪欲などをお挙げなさるが、ひと言もおのれが悪いということは仰しゃらぬようだ、宗方どの、こなたそれでは済みますまいぞ」

しずかに瞠いた老人の眼は、そのとき鋭い光りを帯びて伝三郎の面をひたと衝いた、「こなたは世間を汚らわしい卑賤なものだと云われる、しかし世間というものはこなた自身から始るのだ、世間がもし汚らわしく卑賤な