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ぶけわらじ
武家草鞋
山本 周五郎
「松風の門」操書房、1948(昭和23)年6月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 17,835 字 · 35 页
こういう気風は商人に限りません、世間ぜんたいが欺瞞と狡猾との組み合せです、こんなことでいいのでしょうか」伝三郎はぶるぶると震えた、「……これで世の中がなりたってゆくでしょうか、こんなに堕落しながら恬として恥じない、寧ろみんな当然のような顔をしている、本当にこんなことでよいのでしょうか、こんな乱離たることで」
老人は袴の膝へ両手を置き、なかば閉じた眼で壁のあたりを眺めながら黙って聴いていた。戸沢家を退身して以来の身の上のそこまで語ってきて、伝三郎は回想することのやりきれなさに参ったらしい、「……そこでわたくしは江戸を逃げだしました」と云うと、暫く忿りを鎮めるようにむっと口を噤んだ。
「……しかし何処へいっても同じことでした、どうかして生きる道を捉もうと、ちからのあるだけはやってみたのですが、結局はこちらの敗北です、わたくしはほとほと疲れました、もうたくさんだという気持です、これ以上は自分もそういう仲間にはいるか、それとも生きることをやめるか、二つのうち一つを選ぶより仕方がない、そしてわたくしは後者を選んだのです、こんな俗悪な世間に生きるよりは、寧ろ人間の匂いのない深山へはいって死のう、そう決心を致しました、そして残っている貯えのあるうちは安宿に泊り、無くなってからは野宿をしながら、殆んど水を飲み飲みここまで