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ぶどうむもん

武道無門

山本 周五郎

「内蔵允留守」成武堂、1942(昭和17)年3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,130 字 · 24 页

青空文庫

他人が聞いたら笑殺したであろう。然しお八重には良人の気持がよく分った。臆病だということを、そんなにも重荷に感じ、自ら己れを苦しめている良人の、善良で正直な、素裸な気持を思うと、お八重はいきなり手を取って一緒に泣きたい衝動にさえ駆られた。然しそれを抑えた、懸命に抑えながら云った。

「差出がましいことを申しまして、お叱りを受けるかと存じますが、それはお考え違いではございませんでしょうか、……八百屋、魚屋になって気安くと仰しゃいますけれど、此の世に気安く暮せる生業などはございません、物を仕入れるにも、それを売るにも、商売の駆引きとか、仲間の競争とか、はた眼には知れぬ苦心が色々とございましょう、……臆病ゆえ二百五十石は勤まらぬ、八百屋か魚屋くらいなら雑作はあるまいというような、軽々しいお考えでは迚も出来る業ではないと存じます」日頃から「覚悟はできております」とでも云いたげな、静かに落着いていたお八重の顔が、今は活き活きとした光りを帯び、そのこわねも優しくはあるが力と確信に満ちていた、「貴方さまは御自分が臆病だということをよく仰しゃいます、武士として臆病なお生れつきはさぞお心重いことだとお察し致します、……けれど、臆病がそんなにお勤めの妨げになりましょうか、臆病だということが、そんなに恥ずべきことでございましょう