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しのこうかい

死の航海

国枝 史郎

「秘密探偵雑誌」1923(大正12)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,634 字 · 18 页

青空文庫

老人は窓から身を乗り出し声のする方へ顔を向けた。

「よろしい!」と彼は気取った声で、

「我輩も永らく待っていた。何故早く迎いに来なかったな?」

「航海が困難でございましたので」

「どの海がそんなに荒れたのじゃ?」

「は。印度洋でございます」

「あすこの海はいつも荒れる。ただし此俺が居りさえすれば、印度洋などは乗り切って見せる」

「それでお迎いに参りました」

「行こう!」と老人は、断乎たる声で、威厳を以て云い放した。

「……短艇へは何処から乗ったものだ」

「窓から! 窓から!」と水夫達は云った。

「よし!」と老人は頷いたが、素早く脚を窓枠へ掛けた。其時、老人の室の扉を、外から叩くものがある。

「開けろ! 開けろ! 扉をあけろ!」

しかし老人には其声などは勿論聞えはしなかった。彼は窓枠へ脚をかけたまま、海上の短艇へ眼をやって、どうして飛び込もうかと考えた。

「開けろ開けろ扉を開けろ! 警察から来たのじゃ扉を開けろ!」

「船長早く!」と短艇からは云う。

「開けろ開けろ開けろと云うに!――ぶち壊わして這入れ! 構わない!」

「船長早く!」と船からは呼ぶ。

扉は暴力で破られた。其時、乱れ入った警官達は、窓からヒラリと海へ飛んだ老人の姿をチラリと見た。