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しのこうかい
死の航海
国枝 史郎
「秘密探偵雑誌」1923(大正12)年7月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,634 字 · 18 页
四
老人は其時窓に寄って、暗い海の方を眺めていた。そしてガブリエルが這入って来ても振り返えろうともしなかった。おお何んで老人が振り返えるものか! 老人は実に暗黒の海の、あやめも知らない水平線の方から、その暗黒の潮を分けて、黄金の鷲で船首を飾った巨大の商船が今静々と這入って来るのを見ているのだもの!
「爺さん!」とガブリエルは声をかけた。
「ご覧ん!」と老人は見返えりもせず、暗い海上を指差した。
「遂々船が這入って来たよ! 黄金の鷲の商船がさ!」
「何を云ってるんだ、お爺つぁん……」
「ご覧ん!」と老人は繰り返えした。
「あの船脚を見るがいい! 何んという立派な船体だ! 聞くがいい錨を卸す音を! 短艇が一つ卸ろされた! 私を迎いに来たのだろう!……」
ガブリエルは窓から覗いて見たが、それらしい船の姿も無い。
四
斯うして老人がいとも心地よい幻想に酔い痴れている間に不思議な窃盗が行われた。即、老人の所有物――縫目のほころびている古靴と、煮〆たようなハンケチと、老人の室の合鍵と……それらが行衛を失ったのであった。勿論老人は知らなかった。室へ這入って来たガブリエルが泥棒猫のようにこっそりと室を出て行ったことさえ知らなかった。