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しのこうかい

死の航海

国枝 史郎

「秘密探偵雑誌」1923(大正12)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,634 字 · 18 页

青空文庫

その穏かな波の面を幾度も幾度も接吻するのは数千の鴎の群である。鴎の群は白銀のような素晴らしい翼を翻えしては、颯と海面へ落ちて来て飛魚を攫っては逃げるのであった。

海岸通を横へ這入って少しばかり行くと崖へ出る。その崖の上に立っているのは水夫合宿所の建築物である。板壁造の三階建で板壁は紅殼で塗ってある。

いつか全く陽が落ちて、港は夜の世界となったが、その夜をさえ真昼のように人工の力ですることが出来る。おお威大なる電気の力!

ポートサイドの町々は電燈の火華に装飾されて、龍宮城のように美しくなった。だから、勿論、水夫合宿所の室々の窓からも燈火の光が、さも愉快そうに射し出ていた。そして景気のよい水夫達の唄が往来の人を驚かせて室々の窓から聞えていた。

この時一人の老人が、水夫合宿所の門口へ何処からともなくやって来たが、そのまま其処へ佇んで、唄の聞える窓口を力の無い眼で眺めやった。それは大変貧しそうな老い衰えた小男で、陽に焼けた皺だらけの小さい顔は鉄糞で出来ているように穢ならしい。継の当たった襤褸のような服は、煮しめたように色が変わり穿いている靴の横腹はバクバク口を開けている。