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すいちゅうのかいじん
水中の怪人
山本 周五郎
「少年少女譚海」博文館、1939(昭和14)年6月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,922 字 · 18 页
「そう云えば僕にも少し見おぼえがある」
文吾が宙をにらむようにして、
「たしか製図部にいた男だ。去年なにか失策をして追い出されたのだと思うが……」
「職工服を着ていたじゃないか」
「あたし船室に入るわ」
良子は急に立ち上がった。
「なぜさ、どうしたの?」
「なんでもいやよ、噂をしているところへ河童が出るなんて云ったじゃないの。気味が悪いから入るの」
「案外臆病ですね」
文吾がそう云って立ち上った。
「じゃあ船室まで送って行きましょう」
文吾は良子の腕をとって船室へ入った。――上甲板の特別室である。じゃおやすみと握手をして、扉の前から文吾が甲板の方へもどろうとすると、いま船室へ入ったばかりの良子が、
「――平林さんッ」
と叫びながらとび出して来た。
「どうしたんです?」
「だれか、だれかこの船室に入ったわ……」
蒼くなって震えている良子を見て、文吾は急いで船室の中へ入っていった。
船窓があいている。そして寝台から床の上へかけて、ぬれた大きな足跡が入乱れているのである。それは人間のものではなかった。長い指と指とのあいだに、蹼のあるのがはっきりと分る。――ひと口に云えば蛙の足を大きくしたのに似ていた。