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みずとりてい
水鳥亭
「別冊文藝春秋 第一五号」1950(昭和25)年3月5日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 30,705 字 · 62 页
ほかに金目のものがないわけではありませんが、私は財産を疎開させようなんて、考えちゃおりません。戦争ですから、職域を死守する、私は東京を動きません。一兵卒のつもりです。身辺の家財もうごかしません。死なばもろとも、です。けれども、書籍は文化財ですからな。私のは、特殊な専門図書ですから、金には換算できないものがあるのです。まア、見る人によりけりですがね。焼け残れば、よろこんでくれる人もあるでしょう。そして後世、役立つこともあるでしょう。私のためじゃアないのですよ。碌々たる私の一生でしたが、一つぐらい、ほめられることもしておきたいと思いましてね。いまわの感傷にすぎませんがね」
それが野口のカンにさわった。彼はさりげなく微笑して、
「とんでもないことです。そんな国宝的な品物はお預りできません。保管の責任がもてません。私はズボラですから」
「いえ、責任をもっていただく必要はありません」
「ダメ。ダメ。あなたがそう仰有っても、戦火で焼くとか、紛失するとか、してごらんなさい。野口はくだらぬ私物を大事にして、人から托された国宝的な図書を焼いてしまった、と後世に悪名を残すのは私ですよ。