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かいりゅう
海流
宮本 百合子
「文芸春秋」1937(昭和12)年8月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 35,977 字 · 72 页
「でも、内心きっとやっきなのよ。この頃随分出ない人が殖えたんですもの。正面から出なさいって云えないもんだから――いやねえ、飯田さんなんか使って」
若い娘たちの或る時代の気分から聖書や礼拝に何となし感傷的な気分を牽きつけられていた学生の中にも、左翼の思想は浸潤して行って、目に見えず急速な分裂をひき起しているのであった。
「そう云えば」
大きくはないがくっきりとした二重瞼の眼を見張るようにして杉が、
「あなたどっか工合がわるいの?」
ときいた。
「どうして?」
「食堂で沖がカキに何か云ってたから――」
宏子は、黙ったまま肩をすくめた。
「本当はきのう泊るつもりで家へ行ったんだけれど、急に帰って来ちゃったもんだから」
「ふーん」
一晩睡って眼を醒した今でも、宏子の心の中には家での印象が一杯に、重く複雑にのこされている。杉は真率で勝気なところもある可愛い娘であるが、その天性は、こうして相対している宏子がそんなこと迄うちあけたいと思うだけの何かの力を欠いているのであった。
起き出して宏子は寝台を整え始めた。それをよけて窓を背にして靠れながら杉は、
「あたし今日兄さんのところへ行こうかと思ってたんだけれど、やめよう」