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こはん

湖畔

久生 十蘭

「文藝」1937(昭和12)年5月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 24,180 字 · 47 页

青空文庫

追々、召使どもも奥から走りだしてきたが、俺が前触れもなく供も連れず突然やって来たのを、自分らの失態の糺明に来たのだと思ったらしく、廊下に平伏したまま顔もあげない。

見るところ、座敷には陶もいないようだし、俺にしても、いつまでもそんなところに懐手をして突ッ立っている訳にもいかぬ。襖を開けて陶の居間のあるほうへ行こうとすると、日疋が急に俺の羽織の裾をひき、

「ご前様、どちらへ」

と馬鹿なことを訊ねながら、這うようにして膝行だしてきた。

「夫人は御気色が悪いとおっしゃって、さきほど御寝になりました」

と言うから、ウンと答えてまた行きかけると、日疋は前へ廻って、子供の通せんぼのように両手をひろげて立ちふさがった。

「なんですかソノ、たいへんにお悪いそうで」

言うこともしどろもどろなので、さては奥になにかあるなと、日疋をおしのけて奥へ突進んだ。

後ろで日疋がアレーと悲鳴をあげた。どう間違ったッて、こんな輩の前で端ない振舞いをするはずはないのだが、先刻からたまっていた鬱屈と憤懣が、未熟な酒の酔といっしょに一時に発し、どうしても感情を制止することが出来ない。廊下を踏み立て、陶の寝室へ行ってドアの握りに手をかけると、内側から鍵がかかっていてガタガタとうろたえ廻るのが手にとるように聞える。