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こはん

湖畔

久生 十蘭

「文藝」1937(昭和12)年5月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 24,180 字 · 47 页

青空文庫

心神が屈託して仕様がない。それでしばらく静養するつもりで箱根の別荘へ行った。

予告しておいたので、前栽の植木なども手入れが届き、床の間に花を飾ったりして気を使っているが、あの日の思い出は払い退けることが出来ない。陶がションボリ立っていた箱根笹の上に霜がおり、風が吹くたびにサヤサヤ鳴る。陶の部屋へ行って見ると、机の上の青磁の花瓶に寒菊が二三本※(「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2-13-28)してある。日毎に取換えるのだろう。水もまだ新しい。嫌でも思い出させるものがあって、愉快でない。

朝ごとに霜が強くなり、神山の頂きが薄ッすらと白くなったと思うと、満山の楓葉が飛落し、一夜のうちに稜々たる山骨が露呈してしまった。俺は風邪気味で、懐炉を背負って憮然と庭を眺めていると、遠くから大勢の声が近づいて来て、玄関の方でなにか口々に呼び合っている。なにが起ッたのかと思っていると、甚造という下僕が走り込んできて、沓脱石に両手を突いた。俺は縁へ出て、

「なにを騒いでいるんだ、静かにしろと言え」

と叱りつけると、甚造は息を切らしながら、

「今朝、梅屋の重吉が深良の川口へ鰻のを揚げに行ったれば、蘆の根ッこに、ほとけさまがツラまッておりますゆえ、怖わ怖わ検分いたしましたところ、それが奥方様の御遺骸だッたンで御座いまし