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そうせきのじんぶつ

漱石の人物

和辻 哲郎

「新潮」1950(昭和25)年12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,438 字 · 23 页

青空文庫

それを精神病と見てしまうのは、いくらか責任回避のきらいがある。一体にこの『漱石の思い出』は、漱石を「気違いじみた癇癪持ち」に仕上げて行く最後のタッチであったような気がする。

漱石と接触していた三年の間に、漱石と二人きりで出歩いたことは、ただ一度しかない。たしか大正四年の紅葉のころで、横浜の三渓園へ文人画を見に行ったのである。

私は大正四年の夏の初めに、大森から鵠沼へ居を移した。そのころにちょうど東京横浜間は電化されたが、鵠沼から東京へ出るには汽車のほかはなく、それも二時間近くかかったと思う。木曜日の晩に漱石山房で話にふけっていれば、終列車に乗り遅れるおそれがあった。それで木曜会に出る度数は減ったが、訪ねて行くときは、午後早く行って夕方に辞去するようにした。そのころ、門の前まで行くと、必ず人力車が一台待っていた。客間には滝田樗陰がどっかとすわって、右手で墨をすりながら、大きい字とか小さい字とか、しきりに注文を出していた。漱石はいかにも愉快そうに、言われるままに筆をふるっていた。

たぶんその関係であろうと思うが、そのころにはしきりに文人画の話が出た。