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そうせきのじんぶつ
漱石の人物
和辻 哲郎
「新潮」1950(昭和25)年12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,438 字 · 23 页
木曜日の晩の集まりは、そのころにはもう六、七年も続いて来ているので、初めとはよほど顔ぶれが違って来ていたであろうが、その晩集まったのは、古顔では森田草平、鈴木三重吉、小宮豊隆、野上豊一郎、松根東洋城など、若い方では赤木桁平、内田百間、林原耕三、松浦嘉一などの諸君であったように思う。客間はたぶん十畳であったろうが、書斎の側だけには並び切れず、窓のある左右の壁の方へも折れまがって、半円形に漱石を取り巻いてすわった。客が大勢になっても漱石の態度は少しも変わらなかった。若い連中に好きなようにしゃべらせておいて、時々受け答えをするくらいのものであった。特によくしゃべったのは赤木桁平で、当時の政界の内幕話などを甲高い調子で弁じ立てた。どこから仕入れて来たのか、私たちの知らないことが多かった。が、ほかの人たちが話題にするのは、当時の文芸の作品とか美術とか学問上の著作とかの評判であった。漱石はそういう作品の理解や批判の力においても非常にすぐれていたと思う。若い連中にはどうしても時勢に流され、流行に感染する傾向があったが、漱石は決してそれに迎合しようとはせず、また流行するものに対して常に反感を持つというわけでもなく、自分の体験に即して、よいものはよいもの、よくないものはよくないものとはっきり自分の意見を言った。