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はなかみろうにん

濞かみ浪人

吉川 英治

「サンデー毎日 新春特別号」毎日新聞社、1938(昭和13)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 19,425 字 · 39 页

青空文庫

今でも、国元の者のあいだに、

『何せい、殿様を謝まらせたのは、彼奴ばかりだからのう』

と、話柄に残っている事がある。

それは、或る夏だった。

赤穂城に近い千種川で川狩が催された時である。舟中の宴の座興に、内匠守長矩がふと云い出した。

『誰ぞ、あの飛び交う燕を斬り落してみい』と。――そして近習の中に交じっていた数右衛門に、眼が止まった。

『そちに申し付ける』

数右衛門はだまってお辞儀をした。お断りするだろうと皆思っていると、彼は小舟を放して、川の中ほどへ行き、刀を抜いて撓めていた。

するどい声と共に、彼の体と刃とが、宙へ閃めいて、伸び上ったと思うと、水面に片羽を切られた燕が一羽、浮いて流れて行った。

『ようした』

と、内匠頭は呼びよせて、杯を与えようとしたが、数右衛門はすっかり面を膨らせて、何か、不平そうに固くなった儘、手を出さないのである。

『何とした?』

内匠頭が云うと、

『今日限り、お暇を頂戴いたします』と云うのだった。

彼の理由には当然なところがあった。自分の武芸は、一朝君家に何事かあった場合に役立たせる為のもので、こんな座興に供する為に研いているのではない。