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ねことしょうぞうとふたりのおんな
猫と庄造と二人のおんな
谷崎 潤一郎
「改造 新年号 第十八巻第一号」1936(昭和11)年1月1日<br>「改造 七月特大号 第十八巻第七号」1936(昭和11)年7月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 68,020 字 · 131 页
「ニャア」と猫が啼いているのを、夢うつつのうちに聞いていると、どうもリリーの声のように思えて仕方がない。一と月も前に尼ヶ崎へ遣ってしまったものが、まさか今頃こんな所にいる筈はないが、聞けば聞くほどよく似ている。バリバリと裏のトタン屋根を蹈む音がして、直ぐ窓の外に来ているので、兎に角正体を突き止めようと急いで跳ね起きて、窓の雨戸を開けてみると、つい鼻の先の屋根の上を往ったり来たりしているのが、たいそう窶れてはいるけれどもリリーに違いないのであった。庄造はわが眼を疑う如く、
「リリー」
と呼んだ。するとリリーは
「ニャア」
と答えて、あの大きな眼を、さも嬉しげに一杯に開いて見上げながら、彼が立っている肘掛窓の真下まで寄って来たが、手を伸ばして抱き上げようとすると、体を躱してすうッと二三尺向うへ逃げた。しかし決して遠くへは行かないで、
「リリー」
と呼ばれると、
「ニャア」
と云いながら寄って来る。そこを掴まえようとすると、又するすると手の中を脱けて行ってしまう。庄造は猫のこう云う性質がたまらなく好きなのであった。わざわざ戻って来るくらいだから、余程恋いしかったのであろうに、そのなつかしい家に着いて、久しぶりで主人の顔を見たのでありながら、抱こうとすれば逃げてしまう。