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りそうのおんな

理想の女

豊島 与志雄

「新小説」1920(大正9)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 38,162 字 · 77 页

青空文庫

そうだ、「今に分ること」だったのだ。私はじっとしていた。彼女も私の卓子の横につかまりながら、身動きもしなかった。寝間着のまま素足で、眉根に皺を寄せ口をきっと結んで、眼を見据えていた。このままでいつまでもじっとしていたら、どんなことになるか分らない、と私は思った。夜が深く静まり返って、氷のような沈黙が落ちて来た。

「もうお寝み!」と私は云った。

彼女は答えなかった。

私は椅子から立ち上って、室の中を歩きだした。「お寝みよ!」と私はまた云った。彼女は黙っていた。私は歩き続けた。彼女の耳の後に垂れたほつれ毛が、堅くなって震えるのが見えた。「お寝みったら!」と私は三度云った。「あなたお寝みなすったらいいでしょう、」と彼女は答え返した。私はなお室の中を歩き続けた。それからまた椅子に坐った。自分の心がまた彼女の心が、最も悪い状態にあるのを私は感じた。私はじっと彼女の姿を見つめてやった。反感が、殆んど完全と云ってもいいほどの敵意が、私の身内を震わした。その時私が飛び掛って彼女を殴りつけなかったのは、彼女が寝間着一枚の素足のままで石のように固くなってるからであった。