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たざきそううんとそのこ

田崎草雲とその子

吉川 英治

「文藝春秋 夏期増刊号」1932(昭和7)年

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 19,568 字 · 40 页

青空文庫

『先生! 先生!』

思わず、嗚咽して、呼ぶと、ちょっと振り向いて、

『オオ、御両所、何かお忘れ物か』

『いえ……そ、それではない。御心のうち御推察申し上げまする』

『格太郎のことを申さるるか』

『自殺して、不孝の罪を、おわびなされたからには、もう不忠不孝の罪も消えたわけです。早速、お支度なされて、江戸表へ』

『はて、草雲は、今のところ江戸表へ、何の用事も持っておらぬ。それよりは、この絵こそ大事、明日までに描き上げて、君命どおり、お手元へ、差上げねばならぬ』

『でも、でも……。それは余りといえば』

『いや、格太郎のことならば、御同情は忝けないが、もう何事も、仰言ゃってくださるな。むしろ、草雲は欣んでおる。――これで一人の朝敵が減った! この絵を描き上げたら、一杯飲みましょう。大杯をひいて、王朝の御新政を祝しましょうわい! ははははは、あした来なさい。この草雲へ泣いてくれるよりも、不忠不孝の格太郎めを嘆いて下さるよりも、皇国万歳のために、一升の酒を提げて――』

と、いった。

だが、草雲の耳には、さっきから、山谷堀の裏長屋でよく泣いていた、マンマー、マンマー、というあの声が、どこかで聞えてならなかった。