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きけいのてんにょ

畸形の天女

江戸川 乱歩

「宝石 第八巻第十一号」1953(昭和28)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,893 字 · 35 页

青空文庫

「誰だ」

意気地なく声がかすれた。

「きさま、よくも、きさま……」

我慢に我慢していたのが破裂したような、泣きわめきだった。そして、アッと思うまに、頑丈なからだが、松永にぶつかってきた。キラッと光ったものがある。ナイフを握っているのだ。

こちらは、とっさに起きなおって、相手のナイフを持つ手を掴むのがやっとだった。青年は恐ろしい力を持っていた。起きなおったばかりで、腰に力がはいっていなかったので、すぐあお向きに倒されてしまった。青年は彼の上に馬乗りになった。

松永は両手で、青年のナイフを持つ手を支えていた。全身の力をふりしぼって支えていた。青年は左手で、彼の手を押しのけようとあせった。骨の太い鉄のような手だった。手先ではだめだと思ったのか、左の肱をまげて松永の両手のあいだに入れて、梃のようにねじった。松永の右手がはなれた。もう支えるものは左手だけになった。ナイフの鋭い刃先が、ジリリ、ジリリと目の前に迫まってくる。そして、青年の臭い熱い息が、ハッハッと彼の顔に襲いかかってきた。

もうだめだと思った。おれは今殺されるのだ。妻の良子の顔、長男の弘一の顔、次女のるり子の顔、宮城貿易商社の誰彼の顔が、非常に鮮明に、頭の中に映った。