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ひゃくしょうのゆめ
百姓の夢
小川 未明
「女性日本人 4巻1号」1923(大正12)年1月
N3 · 进阶 · 新字新假名 · 7,278 字 · 15 页
牛を売ってしまって、百姓は、まったく身軽でありました。しかし、いままでは、たとえ彼が道でないところをいこうとしても、牛は怪しんで、立ち止まったまま歩きませんでした。いまは、彼が道を迷っても、それを教えてくれるものはなかったのであります。
百姓は、あちらへふらふら、こちらへふらふらと歩いているうちに、ちがった道の方へいってしまいました。そのうちに、一本の大きな木の根もとにつまずきました。
「やあ、なんだい?」といって、百姓はほおかぶりをした顔で仰ぎますと、大きな黒い木が星晴れのした空に突っ立っていました。懐に入っている財布や、腰につけている子供らへの土産を落としてはならないと、酔っていながら、彼は幾たびも心の中で思いました。そして、たしかに落とした気遣いはないと思うと、安心して、そのまま木の根に腰をかけてしまいました。
彼は、ほんとうにいい気持ちでありました。
ほおを吹く風も、寒くはなかったのであります。あたりを見まわすと、いつのまにか、晩春になっていました。
まだ、野原には咲き残った花もあるけれど、一面にこの世の中は緑の色に包まれています。田の中では、かえるの声が夢のようにきこえて、圃はすっかり耕されてしまい、麦はぐんぐん伸びていました。