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もうもくものがたり
盲目物語
谷崎 潤一郎
「中央公論」1931(昭和6)年9月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 75,341 字 · 148 页
ことでござります」
そう申しあげましたら、
「そうかえ」
と仰っしゃったなり、しばらくしずんでいらしって、
「それでもお前、知ってのとおりおおぜいの者がいつのまにか一人へり二人へりして、もうおしろにはいくにんも残っていないのですよ。りっぱな武士でさえ主をみすてゝおちてゆくのに、さむらいでもないものがたれにえんりょをすることがあろう。ましておまえは眼がふじゆうなのだから、まご/\しているとけがをしますよ」
と仰っしゃるのです。
「おおせはありがとうござりますが、おしろを捨てるのもふみとゞまるのも、それはひと/″\のこゝろまかせでござります。まなこさえあいておりましたら、夜にまぎれておちのびることもできましょうけれども、このように四方をかこまれておりましてはたといおいとまをいたゞきましてもわたくしには逃げるみちがござりませぬ。どうせ数ならぬめくら法師ではござりますが、なまなかてきにとらえられてなさけを受けるのはいやでござります」
すると、なんともおことばはなくて、そっとおんなみだをおふきになったらしゅう、ふところからたとうがみをお出しになるおとがさら/\ときこえました。