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びざん

眉山

太宰 治

「小説新潮」1948(昭和23)年3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,141 字 · 15 页

青空文庫

」

それ以来、その洋画家は、新宿の若松屋に於いては、林先生という事になった。本当は二科の橋田新一郎氏であった。

いちど僕は、ピアニストの川上六郎氏を、若松屋のその二階に案内した事があった。僕が下の御不浄に降りて行ったら、トシちゃんが、お銚子を持って階段の上り口に立っていて、

「あのかた、どなた?」

「うるさいなあ。誰だっていいじゃないか。」

僕も、さすがに閉口していた。

「ね、どなた?」

「川上っていうんだよ。」

もはや向っ腹が立って来て、いつもの冗談も言いたく無く、つい本当の事を言った。

「ああ、わかった。川上眉山。」

滑稽というよりは、彼女のあまりの無智にうんざりして、ぶん殴りたいような気にさえなり、

「馬鹿野郎!」

と言ってやった。

それ以来、僕たちは、面と向えば彼女をトシちゃんと呼んでいたが、かげでは、眉山と呼ぶようになった。そうしてまた、若松屋の事を眉山軒などと呼ぶ人も出て来た。

眉山の年齢は、はたち前後とでもいうようなところで、その風采は、背が低くて色が黒く、顔はひらべったく眼が細く、一つとしていいところが無かったけれども、眉だけは、ほっそりした三ヶ月型で美しく、そのためにもまた、眉山という彼女のあだ名は、ぴったりしている感じであった。