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まつりのよる
祭りの夜
豊島 与志雄
「日本小説」1948(昭和23)年4月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,781 字 · 20 页
もう枕も、何の跡かたも、そこにはなかった。然し、あれは夢ではなかったのだ。
二枚重ねのふっくらした布団の中で、そんなのに久しく馴れない私は体をもてあつかいかねた。ばかりでなく、如何に残酷に弄ばれてしまったことか。彼女はしばしば、くくくくと忍び笑いをしたようだった。
彼女は或る坊さんの話を、私に囁ききかせた。――その坊さんは、花柳地の料理屋などによく酒を飲みに来た。彼女もひいきになった。この節はお坊さんも開けなすったのね、と言うと、彼は朗かに笑った。――君たちは葷酒山門ニ入ルヲ許サズということを、知っているか。葷酒が山門にはいったら、すべて汚れてしまう。だが、山門の外でなら、酒を飲もうと、不浄を味わうと、堕落にはならない。そうした理屈だ。君たちも、山門の貞操観があったら、男を山門の中に立ち入らせてはいけない。
猥談めいたことだが、それを彼女の言葉に飜訳すれば、猥談とはならない。
「ねえ、あんたとは、いつまでも、清くしていたいの。」
芸者あがりの彼女に、いつから、そんな信念が出来たのであろうか。或はそれも、私に対してだけのことだったのであろうか。とにかく私は、そのばかげた山門の壁に頭をぶっつけた。