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ふくざわせんせいのしょせいしゅぎとわがはいのしょせいしゅぎ
福沢先生の処世主義と我輩の処世主義
大隈 重信
「実業之世界 第五巻第一号」1908(明治41)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 5,054 字 · 11 页
福沢先生の日常生活
がこれらの連中は坊主の説教を無上に有難がる方の連中で、坊主自身が何が何やら意味を解せずに説教してるのを自分も解らずに聴きながら、随喜渇仰の涙を零すという手合いだ。この調子で行くと御経の文句は、梵音とか漢音とか、なるべく解らぬように誦んじた方がもっともらしく聞えていい。けれども社会の事はもっともらしく聞えるばかりで、その実詰らぬ事では何の役にも立たない。ここへ来ると福沢先生は誠に偉い。言語にも行動にも何処に一つ表裏がない。
福沢先生の日常生活
かの医師弁護士などの住居を見ると玄関は立派、応接室には美しい書籍――而かも要りもせぬもの――を飾っておどかすにも拘わらず、勝手元はなにやら怪しげなのが多いようだが、福沢先生にはそんな事が微塵もない。座敷へ通ってみると花が活けてある。お嬢さんが踊りを踊っている。三味線を弾いている。先生は平気で煙草を吸いながら、面白そうに見たり聞いたりしている。奥さんも傍に聞いている。親戚が来ても一緒に聞うじゃないかという風である。宛然俗人の家で、学者の生活としては実に平凡極まるものである。しかのみならず訪問客には坊主もいれば神主もいる。