轻松读懂日语经典作品
ja-reading.com
轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。
ふくざわせんせいのしょせいしゅぎとわがはいのしょせいしゅぎ
福沢先生の処世主義と我輩の処世主義
大隈 重信
「実業之世界 第五巻第一号」1908(明治41)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 5,054 字 · 11 页
我輩の凡人主義
俗人も山師も新聞記者も種々雑多なものが来ている。先生閑があると、煙草盆を下げて出て誰にでも会って話をする。気に喰わぬから門前払いを喰すとか、仏頂面をして話すとかいう事が更にない。誠にはや平凡なものだが、これも先生の凡人主義から来ておるので、先生の眼から見れば、君子も小人も学者も俗人もない。すべてが凡人で、彼も凡人我も凡人であるから、凡人同士の集合に、誰彼の差別のあるべきはずがない。ここが間口も奥行も一切平等なる福沢先生の純凡人主義の極致で、我輩の大いに敬服するところである。
我輩の凡人主義
ここで聊か我輩自身を紹介するが、無主義であるという我輩も、強いて名づくればやはりいわゆる凡人主義で、最初の傾向からして福沢先生と同一経路を辿っているように思う。もっとも我輩は小僧時代から政治運動が好きで多くその方に身を入れておったから、書籍を読むことにかけては福沢先生ほど勉強はしなかった。また読んでも先生ほどの学者にはなれなかったかも知れぬ。けれども福沢先生が書籍から得た修養を、我輩は政治運動中に遭遇したあらゆる困難の中から得て、窮極凡人主義に到達したのである。