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わたしはだれ?

私は誰?

坂口 安吾

「新生 第三巻第二号」1947(昭和22)年3月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 6,584 字 · 14 页

青空文庫

作家精神だとか「如何に生くべきか」だとか、そういうものは我が胸に燃やすだけでよいもので、他にひけらかす必要はない。誰にも見せる必要はなく、人にそれを知らせなければならないというものでもない。

アンリ・ベイル先生は「余の文学は五十年後に理解せられるであろう」と云って、事実五十年後より流行し、生前はあまりはやらなかったという。ポオは窮死し、啄木は貧困に苦しんだ。

然し貧乏などゝいうものは一向に深刻なものではない。屋根裏の詩人ボードレエルは、シャツだけいつも汚れのない純白なのを身につけて、そんなことは要するに子守唄、いや鼻唄さ。潔癖などゝいうものではない。ボードレエル先生は陽気であった。

世に理解せられざることは、文学のみならんや、人すべての宿命ではないか。人はすべて理解せられることを欲し、そして理解されてはいないのだ。否、私自身が私自身を知らないのだ。

理解せられざることは、たしかに切ないかも知れぬ。私もせつない時は、あった。然し、文学者、芸術家が、特に、ということはない。人間すべて同じこと、それだけのことではないか。

私は四十年、一向にはやらない小説を書き、まさに典型的な屋根裏詩人(私は三年間本当に屋根裏に住んでいたこともある)牧野信一自身が夜逃げに及んだり、一家そろって居候をしているというのに、その居候