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しほんたいへいき

私本太平記

吉川 英治

13 黒白帖

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 116,638 字 · 233 页

青空文庫

と、これまでにも直義は、たびたび腹にすえかねていたものの、兄との衝突は、極力これを避けずにはいられない。

しかし、その是正と鬱憤とを師直に向け、あわせて、一気に高家一族の勢力を根こそぎ排除しようと計ったのは、どうしても直義の誤算であった。またその時期も過っていた。

いつのばあいでも、内訌は敵をよろこばすだけのものだが、直義対師直の軋轢ほど、「待っていたもの」と、南朝方を勇気づけたものはあるまい。そのごも謀将北畠親房が、さかんに第五列を都へ送って、後方攪乱の実を上げていた折でもあった。

もっとも、乱波(便衣隊)の暗躍は、こんどに限ったわけではない。足利家が幕府を都にすえてからは、のべつそれらの形なきものの口から巷に怪異が撒かれていた。

たとえば。

直義の妻(渋川貞頼の女)は、四十一歳で初めて男の子を産んだが、するとすぐ、

「これは稀れなお産だ。大塔ノ宮の怨霊が憑いて、直義夫妻の仲に出たものに相違ない」

と、いう者が多かった。

また、あるときは、

「たそがれ、緋の袴をはいた女官が、院の檜皮屋根の上に見えたが、そのうちに御池殿(尊氏の住居)のうちへ消えた」