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しほんたいへいき
私本太平記
吉川 英治
03 みなかみ帖
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 126,598 字 · 254 页
「あれは、どこの何者だ」
と、捕まえた船頭に、尼と覚一の身柄や行き先を、詰問している声がした。
もとより彼が知ろうはずはない。それを船頭は、どう答えたのか。やがてのこと、兵の数人が舟へ降りて来て、
「起て」
と一言、母子を陸へ追い上げた。そして、縄をかけようとするので、草心尼は、いわれない縄目と、恐さも忘れ顔に、覚一を庇って叫んだ。
「では、縄目だけはゆるしてやれ、女と盲だ」
部将らしい者はそういったが、草心尼のことば遣いや、尼ながら品位のある容姿が、彼らの疑惑を深くしたらしかった。
「――何者かに頼まれて、都の公卿へ、連絡にでも行くのではないか。そのため、わざと盲など連れ歩いているのだろう。さもなくば、こんな日、洛中へ行くばかはない。……ともあれ、あれへ乗って貰おうか」
と、街道の端に寄せてある牛の荷車を指さした。
見ると、つい今、捕えられた郷士の一人が、がんじ絡めとなって、車の上に転がされている。いや、浅い板で囲ったその中には、旅人姿の者や僧侶や武士や、十人以上も、獣のように積まれていた。
草心尼の弁明は、何一つ、耳にもかけられはしなかった。――都の変とは、何なのか。