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しほんたいへいき

私本太平記

吉川 英治

03 みなかみ帖

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 126,598 字 · 254 页

青空文庫

――佐渡へ行けと仰っしゃいますか」

右馬介の怪しみはむりもない。

が、高氏には、昨夜からの思案の末であった。――ゆうべ俊基との今生一ぺんの機縁に、二つの遺言を託されている。

手写の法華経一巻を、都の妻へとどけてくれとの頼みには、いつか果たしてやれる自信もあった。――たとえば今日の刑場のあとで、彼が、刀鍛冶の助光を追って呼びかけたことなども――じつはそのためにほかならなかった。

けれど、俊基のいう、も一つの「――我が死を佐渡の配所にある資朝卿へ告げて給え。鎌倉表にて、かくかくの事情にて死せりと、お耳にだけでも入れて欲しい」との頼みには、全くあてもなかったのである。

「右馬介、そうしたわけだ。佐渡へ行ってくれい」

高氏は、言った。それだけでなく、このさい佐渡の日野資朝と或る気脈を結んでおくには、絶好な機会とみて、じぶんの後図のためにも、考えついたことなのである。

「おそらくは、すでに俊基朝臣を斬る処置に出た狂気の幕府だ。つづいては、佐渡の資朝卿をも、使いをやッて、首斬らせるにちがいない。それも遠くはないうちに、と思わるる」

「まだ、御存命ではございましょうな」