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しほんたいへいき

私本太平記

吉川 英治

03 みなかみ帖

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 126,598 字 · 254 页

青空文庫

先の月、佐渡から帰った商人や羽黒の山伏らが、寺泊の或る一僧に、そっと話したことだとある。

「いずれにせよ、殿のひそかな御遠謀をうけてのこと。その地も踏まずにお答えはできぬ。ともあれ渡ろう」

やっと、便船が出た。凪ぎにめぐまれ、波枕もうたたなうちに、船は翌朝、佐渡ヶ島の一湾に入っていた。

ここは恋ヶ浦とも、国府の浦ともいう所と、舟人から聞かされた。そして島の土を初めて踏んだ。――ともあれと、彼は旅籠へ入って、

「わしは、摂津ノ住吉の住、具足師の柳斎という者じゃが」

と、ふれ込んだ。

二、三日は、浦々の見物などに歩き、宿のおやじとも、自然親しくなるのを待って、こういってみた。

「失礼だが島の内には、ろくな具足師も鐙師もいないようだ。ご領主の本間どのでは、物の具のお手入れなど、いったいどうしているんでしょうな」

「さあ、御武辺のことはよう分りませぬが、敦賀ノ津や越後の国府には、よい鍛冶や具足師もいるそうで、みんな船便を頼んで、あちらへ、やらせているのではございませぬかな」

「おろかなこと。もしそうだったら、とてもろくな仕事はしていまい。どうだろう、わしも、せっかく佐渡まで来たこと。