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しほんたいへいき
私本太平記
吉川 英治
03 みなかみ帖
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 126,598 字 · 254 页
それにまた、配所の公卿の名などは、島の誰の口からも、一度も聞きはしなかった。じつにただ平和なのである。鎌倉の不安も、京の非常事態も、また富士山頂の噴煙も、ここには何もないかのようであった。
せまい島の内のことである。
その日、金丸殿の門をくぐったのを手初めに、具足師柳斎の名は、本間一族のあいだで、すぐ知れわたった。
「都のよい工匠が島に来ておるそうな」
「いちど、わが家の物具も鑑てもらおうか」
諸家からも、しきりに招きがかかってくる。
右馬介の柳斎は、どこへ伺っても如才ない。家々の宝器は賞め、些細な修理などはすぐ復元してみせる。たちまち、調法者よといわれ、武具の新調とか刀目利まで頼まれるしまつだった。
すると或る折、金丸五郎が、
「入道殿にも、いちど、そちを連れまいれとのおことばだ。そちも冬中は佐渡に逗留していたいそうだが、雑太ノお城の、お物具蔵の手入れでも仰せつかったら、これや冬中でも仕事はすむまい」
といった。
右馬介は、しめたと思った。日野資朝の幽所は、どうも城外ではないらしい。
あくる日、金丸に伴われて、彼は城へ行った。ここを檀風城というのは檀の木が多いからだろう。