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しほんたいへいき

私本太平記

吉川 英治

03 みなかみ帖

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 126,598 字 · 254 页

青空文庫

すると、待っていたように、鮎小屋の蔭にひそんでいた一群の人影が、わらわらと、すぐ彼の姿を埋めていた。いうまでもなく、六波羅の手の者どもだった。

うむをいわせず、蔽いかぶさって、雨露次をねじ伏せ、縄をと、ひしめく群れへ、

「何をするっ」

と、彼の方も、ままにはなっていなかった。

こうした刹那には、つい正味の自己が出てしまうのも、ぜひがない。それまでの彼とは似もやらず、捕手の二、三を足わざにかけて、一瞬に、彼らの重圧の下から後ろへ跳び退がっていた。

「人違いするな。わしはこの辺りの舟芸人じゃ。申楽師の雨露次という者。なんの咎で、曳こうとなさるか」

「うそをつけ」

あざ嘲う声がする。それが、捕手頭か。

「おい、雨露次とやら。きさまあ侍だな。いまの手なみは舟芸人の芸当じゃあるまい。……いや、そんなことは、あとで訊こう。とにかく屯所まで来てもらおうか」

「たむろとは?」

「知れたこと。わざわざ六波羅から駈けつけて、藤井寺に本拠をおいている御人数の溜り場だ」

「そんな所へ、曳かれて行くいわれはない。身に罪の覚えもないものを」

「言い開きなら、たむろで申せ。なんの覚えもない奴が、なぜ、このような中洲に舟をつなぎ、しかも、ゆうべから人目を避けていたのか」