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くうしゅうそうそうきょく

空襲葬送曲

海野 十三

「朝日」1932(昭和7)年5月~9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 95,012 字 · 189 页

青空文庫

それが、市内の方から、押しよせてくる何万、何十万という、まだ瓦斯弾の落ちたことを知らない後続の避難民と、たちまち正面衝突をした。老人や、女子供は、呀ッという間もなく、押し倒され、その上を、何千人という人間が、踏み越えていった。瞬く間に、新宿の大通には、千四五百名の死骸が転った。その死骸は、どれもこれも、眼玉はポンポン飛び出し、肋骨は折れ、肉と皮とは破れて、誰が誰やら判らない有様になった。すこしでも強い者、すこしでも運のいい者が、前に居る奴の背中を乗越え、頭を踏潰して、前へ出た。腰から下半身一帯は、遭難者の身体から迸り出た血潮で、ベトベトになった。まるで、赤ペンキを、一面に、なすりつけたような恐ろしい色彩だったが、暗黒の中の出来事とて、それに気のつく者が無かったのは、不幸中の幸だった。もしその血の池から匍い出してきたような下半身が、お互いの目に映ったなら、幾万人の避難民は、あまりの浅間しさに、一時に錯乱してしまったことだろう。

そんなにまで一心になって、迫りくる毒瓦斯から脱れようと人々は藻掻いたが、一尺逃げると二尺押返えされ、一人を斃すと、二人が押して来、そのうちに、咽喉のあたりが、チカチカ痛くなった。