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どうてい

童貞

豊島 与志雄

「中央公論」1925(大正14)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 6,314 字 · 13 页

青空文庫

……そのくせ、誰の顔も真正面には見られなかった。むっつりと黙りこくっていてやった。

「御飯は午に一緒に食べます。」

食う気もなかったが、そう云っておいて一寸外に出てみた。

晴れてはいるが淡い日の光だった。それでも強すぎた。桜の枝に蕾が赤くふくらんでいた。垣根の下に、青い草の葉が三つ四つ、冬を越したのか――そんな筈はないが、もう萠え出したのか――それもおかしいが、力なく首垂れていた。

薄暗い悲壮な気持にとざされて、胸がしきりに痛んだ。

広い通りに出て、そこのレストーランにはいった。

「定食。……それから、日本酒を一本くれ給い。」

うっとりと思いつめた気持のために、装わずして大人の態度になっていた。

片隅に三人の客があった。そちらに背を向けて、白い壁と睥めっこをした。花瓶の半開きの桃の花が、淋しげに淡々としていた。

ゆっくり酒を飲むつもりだったが、料理の皿が次から次へ早く廻されてきた。

気の利かないボーイだな。……何とか云ってやろうと思ったが、変に顔を見られる気がして云い出せなかった。それでも、料理はうまかった。チップを奮発してやった。

一人で……あの家に行って、名差しをすれば、彼女は来てくれる筈だった。