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そこつひょうばんき
粗忽評判記
山本 周五郎
「富士」大日本雄辯會講談社、1929(昭和14)年7月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,942 字 · 28 页
五
五
それでもあのときは無事に済んだ。あのときの粗忽が拵えごとであったかどうかは別として、無事に済んでよかったと思ったのは事実だ、しかし今度はそうはいかない、明敬の一言がとんだほうへ火を放けたかたちで、来なければ未練なりと世上の沙汰にして笑うというのである、久之進が笑われるだけなら考えようもあるが、おそらく小萩から信継に伝わって、殿中の評判になるだろう、そうすれば恥辱は主君の上にも及ぶ、「弱ったはねかえりだな」久之進はしばらく考えていたが、「しようがない、まあしようがないだろう」独り呟きながら立った。所用の届を出して、飯倉の屋敷を出ると、道を急いで赤羽ヶ原へやって来た。後にそこは増上寺の境内にとり入れられたが、その頃はまだ赤羽橋の畔に二万坪ばかり、樹木もない空地になっていた。原へかかるとまず驚いたのは、小萩の他に十人ほど、美しく着飾った奥女中たちがいずれも馬上でずらりと並んでいたことだ。――春とはいえまだ草の芽が微かに萠えはじめたばかり、広い空地は荒涼と枯れている、そこへ色彩華やかな乙女たちが駒を揃えたのだから、その派手なことはちょっと類がなかった。