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はだいろのつき
肌色の月
久生 十蘭
「婦人公論」中央公論社、1957(昭和32)年4~8月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 50,706 字 · 101 页
そのそばに、赤いペンキを塗ったオールが浮いている。ただごとではなかった。
呼鈴が鳴った。玄関へ出てみると、「湖水会管理人」という腕章をつけた男が、自転車をおさえて立っていた。
「おやすみのところを、どうも……大池さん、昨日、こちらへおいでになられたんでしょう」
「来ています。なにか、ご用でしょうか」
管理人はペコリと頭をさげた。
「いいえね、お宅のボートが流されているので、ちょっとおしらせに」
「それはどうもわざわざ……」
「大池さん、まだ、おやすみなんですか」
「いらっしゃいませんよ」
「へえ?」
眉の間に皺をよせ、久美子の顔を見つめるようにして、
「いらっしゃらないんですか」
「あたしの眠っているあいだに、出て行ったらしくて」
「ボートで?」
「さあ、どうだったんでしょう」
管理人は真剣な眼つきで額をにらみあげ、
「ふむ、どうしたんだろう。妙だな」
と独り言をいっていたが、なにか思いあたったようにうなずいて、
「大池さんは間違いなんかなさらないが、千慮の一矢ってこともあるもんだから……」
そういうと、自転車に乗って、湖の岸の道を、対岸のボート置場のあるほうへ飛ぶように走って行った。