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えんしょ

艶書

山本 周五郎

「小説倶楽部」桃園書房、1954(昭和29)年5月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 25,027 字 · 50 页

青空文庫

それ以来なにか噂はないかと思って、母や兄嫁の話に注意していたが、やはり七重の消息は聞けなかった。忠也は「子供も生めないとなると問題だから」と云った。笠井には老夫婦がいるから、たしかにそれは問題になるだろう。まして忠也には隠し子がある、「稲村」の娘に産ませた男の子は、もう五歳になるはずであった。

「噂のないのは無事にいっている証拠だろうが」と出三郎はひとりで重く溜息をつくのであった、「しかし病気ばかりしているというのはどういうわけだろう、もしかして隠し子のことがわかって、それが原因でまいってしまったのではないだろうか」

秋になったある日、出三郎は新村邸の庭で七重の声がするのを聞いた。まぎれもなく七重の声のようだったので、胸をおどらせながら井戸端へ出ていった。しかし、生垣のそばまでいってみても、誰の姿も見えなかった。彼は両手をまるめて口に当て、そっと鳩の鳴きまねをした。初めは低く、しだいに高く、……ほっほう、ほっほうとやった。するとふいに生垣のすぐ向こう側で一人の女の子が立ちあがった。そこの生垣の蔭で、しゃがんでなにかしていたらしい、六つばかりになる、まる顔の、可愛い女の子であった。