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きくにんぎょう
菊人形
宮本 百合子
「大衆クラブ」1948(昭和23)年第9号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,991 字 · 16 页
「おまはんもっといけるはずじゃないか」
と云いながら浅吉に自分の酌をさせた。
また、おゆきの御飯のたべかたも、真似手がなかった。おかずがあっても、おしまいの一膳はお茶づけにして、ほんとにサラサラと流しこむのだったが、おいしそうにひとしきりたべてさてお香のものへ移るというとき、おゆきはきまってリズミカルに動かしていたお箸を、そのリズムのまま軽く茶碗のふちへ当てて一つ小さく鳴らした。銀の箸ででもあったら、その箸のひとあては、茶碗のふちで涼しい音でも立てるのであったろうが、雑用の厚手な茶碗と木の箸で、その音はカチとカタの間にきこえた。それでも、おゆきのお茶づけには独特のリズムがあり、菊見せんべいの職人の体のふりようとせんべい焼の道具をひっくりかえす音に通じあう面白さがあるのだった。
おゆきの身についていて、東京の山の手に育つ子供の心には、きわめてもの珍しくうつったいくつもの癖が、くるわの習慣であったことが分ったのは、わたしが十七八になって、歌舞伎芝居をみるようになってからだった。梅幸のお富が舞台の上で、ひっかけ帯で横にすわりながらおゆきがそういうときとよく似た声の調子でおまはんと云ったとき、すべてが氷解した。