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きくちよしょう

菊千代抄

山本 周五郎

「週刊朝日春季増刊」朝日新聞社、1950(昭和25)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 36,178 字 · 72 页

青空文庫

当時貴族、大名のなかにはこういう類の家風が稀ではなかったらしい。女子が七人生れればその一人を仏門に入れるとか、当主は決して正室を迎えてはならないとか、養子をするばあいは必ず巽の方角から選べとか、かなり有名なものでも四五の例はすぐに挙げることができる。

「若の大伯母さまにあたる方などは、二十歳まで男でおいでなされた、それからお祖父さまが生れて、松平遠州家へお嫁しなされたくらいだ、これが巻野の伝統なのだが」貞良はこう云って菊千代を見た、「もし若にその気があれば、女にならず、男で一生とおすこともできる、これはずっとまえから考えていたのだが、……大名の家でも女というものはいろいろ束縛が多い、ばかなような者でも良人として仕え、窮屈なおもいをして一生をおくらなければならない、男だからといって、こういう身分であればさして野放図なことができるわけでもないが、なんといっても女よりは自由だし、或る程度までは好きなように生きてゆける、……どちらでもよい、そのうちに分別がついたらまた相談しよう」

「――本当に、男のままでいられるのですか」

「若が望みさえすればぞうさもないことだ」