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きくづきよ

菊月夜

山本 周五郎

「講談雑誌」博文館 、1944(昭和19)年10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,129 字 · 32 页

青空文庫

下役の者たちもいつどこから出ていったか知る者はなかった。――どうしたのだろう、彼は不審に思い、すぐに屋敷へ帰ってみた、まえに絢子から衣類を贈ったので、その礼にでも寄ってはいないかと思ったのだ。小房は寄ってはいなかった。しかし居間へはいると絢子が一通の手紙を持って来た。

「……小房さまから、ついさきほど、このお手紙が届きました」という、絢子の眼は泣いていた。信三郎は手にとってみたが、自分の宛名ではないので戻し、――そちらで読んでくれ、と云った。絢子はすでにいちど読んだのであるが、ふたたび披いて低く抑えた声つきで読みはじめた。久濶の辞から衣服の礼へと、美しい筆はよどみなく、次のような文章へと続いていた。

「……大目附お役所へ移りましてより間もなく、佐垣さまとあなた様との御縁談をお伺い申しそろ、まことにまたとなき御縁、心からなる御祝着申上げまいらせそろ。世の人の評判とりとめなきは、常ながら、心得がたきことのふと耳に入り候まま、不躾けながらひと筆申上げたきことのござそろ。さきごろ佐垣さま御入婿の仔細は、高力どの御譴責のための御身分拵えにて、まことは佐垣さまにもあなた様にもめおとの契りはお心になしとやら、ひとつには小房という者へのご遠慮もあることと、ひそかに噂する声の耳につき申しそろ、根なしごととは存じ候えども、万に