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なおこ
菜穂子
堀 辰雄
楡の家 第一部「物語の女」山本書店、1934(昭和9)年11月<br> 楡の家 第二部「文学界」1941(昭和16)年9月号<br> 菜穂子「中央公論」1941(昭和16)年3月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 88,758 字 · 173 页
」
菜穂子はしかしそれには取り合わないように黙っていた。
圭介はとりつく島もなさそうに、のそのそと廊下へ出て行ったが、そのうちに彼が煙草をのみながら部屋の外を行ったり来たりしているらしい足音が聞えて来た。菜穂子はその足音と木の葉をざわめかせている雨風の音とに代る代る耳を傾けていた。
彼が再び部屋に入って来ると、蛾が妻の枕もとを飛び廻り、天井にも大きな狂おしい影を投げていた。
「寝る前にあかりを消してね。」彼女がうるさそうに云った。
彼は妻の枕もとに近づき、蛾を追い払って、あかりを消す前に、まぶしそうに目をつぶっている彼女の眼のまわりの黒ずんだ暈をいかにも痛々しそうに見やった。
「まだおやすみになれないの?」暗がりの中から菜穂子はとうとう自分の寝台の裾の方でいつまでもズック張のベッドを軋ませている夫の方へ声をかけた。
「うん……」夫はわざとらしく寝惚けたような声をした。「どうも雨の音がひどいなあ。お前もまだ寝られないのか?」
「私は寝られなくったって平気だわ。……いつだってそうなんですもの……」
「そうなのかい。……でも、こんな晩はこんな所に一人でなんぞ居るのは嫌だろうな。