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なおこ
菜穂子
堀 辰雄
楡の家 第一部「物語の女」山本書店、1934(昭和9)年11月<br> 楡の家 第二部「文学界」1941(昭和16)年9月号<br> 菜穂子「中央公論」1941(昭和16)年3月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 88,758 字 · 173 页
……若しかそんな折だったら、お前は私を自分の母としてばかりではなしに、過失もあった一個の人間として見直してくれ、私をその人間らしい過失のゆえに一層愛してくれそうな気もするのだ。
それにしても、この頃のお前はどうしてこんなに私と言葉を交わすのを避けてばかりいるのかしら? 何かお互に傷つけ合いそうなことを私から云い出されはせぬかと恐れておいでばかりなのではない。かえってお前の方からそういうことを云い出しそうなのを恐れておいでなのだとしか思えない。この頃のこんな気づまりな重苦しい空気が、みんな私から出たことなら、お兄さんやお前にはほんとうにすまないと思う。こうした鬱陶しい雰囲気がますます濃くなって来て、何か私たちには予測できないような悲劇がもちあがろうとしているのか、それとも私たち自身もほとんど知らぬ間に私たちのまわりに起り、そして何事もなかったように過ぎ去って行った以前の悲劇の影響が、年月の立つにつれてこんなに目立って来たのであろうか、私にはよく分らない。――が、恐らくは、私たちにはっきりと気づかれずにいる何かが起りつつあるのだ。それがどんなものか分らないながら、どうやらそれらしいと感ぜられるものがある。