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なおこ

菜穂子

堀 辰雄

楡の家 第一部「物語の女」山本書店、1934(昭和9)年11月<br> 楡の家 第二部「文学界」1941(昭和16)年9月号<br> 菜穂子「中央公論」1941(昭和16)年3月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 88,758 字 · 173 页

青空文庫

かも知れなかった。これは飛んでもないことになった、と私ははじめて考え出した。何んだか気のせいか、お前はさっきから私の方を見て見ないふりをしておいでのようでならなかった。すると突然、私のうちに誰にともつかない怒りがこみ上げてきた。しかし私はいかにも虔ましそうにスウプの匙を動かしていた。……

その日からというもの、私はあの方が私のまわりにお拡げになった、見知らない、なんとなく胸苦しいような雰囲気のなかに暮らしだした。私のお逢いする人達といえば、誰もかもみんなが私を何かけげんそうな顔をして見ているような気がされてならなかった。そうしてそれから数週間というものは、私はお前たちに顔を合わせるのさえ避けるようにして、自分の部屋に閉じ籠っていた。私はただじっとして私の身に迫ろうとしている何やら私にも分からないものから身をはずしながら、それが私たちの傍を通り過ぎてしまうのを待っているより他はないような気がした。とにかくそれを私たちの中にはいりこませ、縺れさせさえしなければ、私たちは救われる。そう私は信じていた。

そうして私はこんな思いをしているよりも一層のこと早く年をとってしまえたらとさえ思った。