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なおこ

菜穂子

堀 辰雄

楡の家 第一部「物語の女」山本書店、1934(昭和9)年11月<br> 楡の家 第二部「文学界」1941(昭和16)年9月号<br> 菜穂子「中央公論」1941(昭和16)年3月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 88,758 字 · 173 页

青空文庫

五

いままで雨垂れのしていた藁屋根の隙間から、突然、日の光がいくすじも細長い線を引き出した。不意と娘は村の者らしくない色白な顔をその方へもたげた。彼はそれをぬすみ見て、一瞬美しいと思った。

明が先になって、二人はその小屋を出た。娘は小さな籠を手にしていた。林の向うの小川から芹を摘んで来た帰りなのだった。二人は林を出ると、それからは一ことも物を云い合わずに、後になったり先になったりしながら、桑畑の間を村の方へ帰って行った。

その日から、そんな氷室のある林のなかの空地は明の好きな場所になった。彼は午後になると其処へ行って、その毀れかかった氷室を前にして草の中に横わりながら、その向うの林を透いて火の山が近か近かと見えるのを飽かずに眺めていた。

夕方近くになると、芹摘みから戻って来た綿屋の娘が彼の前を通り抜けて行った。そして暫く立ち話をして行くのが二人の習慣になった。

五

そのうちにいつの間にか、明と早苗とは、毎日、午後の何時間かをその氷室を前にして一しょに過すようになった。

明が娘の耳のすこし遠いことを知ったのは或風のある日だった。漸っと芽ぐみ初めた林の中では、ときおり風がざわめき過ぎて木々の梢が揺れる度毎に、その先にある木の芽らしいものが銀色に光った。