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なおこ
菜穂子
堀 辰雄
楡の家 第一部「物語の女」山本書店、1934(昭和9)年11月<br> 楡の家 第二部「文学界」1941(昭和16)年9月号<br> 菜穂子「中央公論」1941(昭和16)年3月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 88,758 字 · 173 页
十
露台はうすら寒そうだった。
「まあ、どうして此の人は此処へ来ると、いつもあんなに背中を曲げてばかりいるんだろう?」と菜穂子は露台の手すりに手をかけて向うを向いている姑の背を、何か気に入らないもののように見据えながら、心の中で思っていた。そのうち不意に姑が彼女の方へふり向いた。そして菜穂子が自分の方を空けたように見据えているのに気づくと、いかにもわざとらしい笑顔をして見せた。
それから一時間ばかり立った後、菜穂子はいくら引き留めてもどうしてもすぐ帰ると云う姑を見送りながら、再び玄関まで附いていった。その間も絶えず、何かを怖れでもするようにことさらに曲げているような姑の背中に、何か虚偽的なものをいままでになく強く感じながら……
十
黒川圭介は、他人のために苦しむという、多くの者が人生の当初において経験するところのものを、人生半ばにして漸く身に覚えたのだった。……
九月初めの或日、圭介は丸の内の勤め先に商談のために長与と云う遠縁にあたる者の訪問を受けた。種々の商談の末、二人の会話が次第に個人的な話柄の上に落ちて行った時だった。
「君の細君は何処かのサナトリウムにはいっているんだって? その後どうなんだい?」