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なおこ
菜穂子
堀 辰雄
楡の家 第一部「物語の女」山本書店、1934(昭和9)年11月<br> 楡の家 第二部「文学界」1941(昭和16)年9月号<br> 菜穂子「中央公論」1941(昭和16)年3月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 88,758 字 · 173 页
十一
しはじめた。
それから二三日後、圭介は急に明日会社を休んで妻のところへ見舞に行って来ると云い張った。母はそれを聞くと、なんとも云えない苦い顔をした儘、しかし別にそれには反対もしなかった。
十一
黒川圭介が、事によると自分の妻は重態で死にかけているのかも知れないと云うような漠然とした不安に戦きながら、信州の南に向ったのは、丁度二百廿日前の荒れ模様の日だった。ときどき風が烈しくなって、汽車の窓硝子には大粒の雨が音を立てて当った。そんな烈しい吹き降りの中にも、汽車は国境に近い山地にかかると、何度も切り換えのために後戻りしはじめた。その度毎に、外の景色の殆ど見えないほど雨に曇った窓の内で、旅に慣れない圭介は、何だか自分が全く未知の方向へ連れて行かれるような思いがした。
汽車が山間らしい外の駅と少しも変らない小さな駅に著いた後、危く発車しようとする間際になって、それが療養所のある駅であるのに気づいて、圭介は慌てて吹き降りの中にびしょ濡れになりながら飛び下りた。
駅の前には雨に打たれた古ぼけた自動車が一台駐っていたきりだった。圭介の外にも、若い女の客が一人いたが、同じ療養所へ行くので、二人は一しょに乗って行く事にした。