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おちばのとなり

落葉の隣り

山本 周五郎

「小説新潮」1959(昭和34)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 28,877 字 · 57 页

青空文庫

繁次は黙った。

「あとを聞かして」おつぎは気を変えるように云った、「あたし好きだわ、その唄」

繁次は首を振った、「これっきりしきゃ知らないんだ」

「そんなこと云わないで」

「本当に知らねえんだ」と繁次が云った、「ここまでやってみたけれど、自分でも可笑くなってよしちゃったんだ」

おつぎはじっと繁次を見ていて、「かなしい性分だね、あんたって人は」と溜息でもつくように云った。そして、そこまででいいからもういちど聞かせてくれ、とせがんだが、繁次はすっかりてれてしまい、この次にしようと断わった。

その次の次あたりだろう、やはり客の少ない晩に、繁次はなにげなくその唄をうたった。もちろん張った声ではない、無意識な、呟くような声であった。そのときもおつぎは向うに腰掛けていたが、こんどはなにも云わず、燗徳利を持ったまま眼をつむって、しんと聞いていた。うたい終ってから、おつぎのそのしんとした表情を見、自分がうたったことに気づいて、繁次は赤くなった。

「いい唄だよ」とおつぎは眼をあいて云った、「かなしくって、せつなくなるようだ、すっかりならっちまえばよかったのに」

「ああ」とおつぎはすぐに頭を振った、「そうじゃない、それだけのほうがいいかもしれない、あとの切れちまってるほうが情が残っていいかもしれないよ」