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あしはみていた

葦は見ていた

山本 周五郎

「週刊朝日」1947(昭和22)年6月22日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 17,985 字 · 36 页

青空文庫

一

一

五月はじめの朝四時ごろ、――

熊井川は濃い霧に掩われていた。まだあたりは薄暗く、どちらを見ても殆んどみとおしはきかない。川岸には葦が茂っていた、葦は岸から川の中まで、川の中の七八間さきまでも生え、それが川上にも川下にも続いている。岸は狭く、すぐ堤に接し、その堤は十尺余りの高さであるが、土質が脆いので、絶えずぱらぱらと土が崩れていた。特にひとところ、その崩れのひどい処があり、そこには段々に土が窪んで、人の登りおりした跡が出来ていた。

風は少しもなかった。霧は動いているのだが、ほんの僅かに動いているだけで、よくよく眼をとめて見ないとわからないくらいだった。

そこは川の彎曲部であった。観音寺の丘陵の端をまわった川が、大きく右に曲り、そこにひろい淀みをつくっている。葦はそのひろい淀みにびっしりと生え、そして互いの葉を重ねあっていた。――川波に根を洗われるためだろう、葉の茂みは絶えず(ごくかすかに)ふるえ、その白っぽい濃緑の葉は霧粒で濡れていた。

一羽の鵜が飛び去った。川下から川上へ、霧が濃いのでかたちもおぼろだし、むろん翼の音もしないが、その飛びかたで鵜だということがわかった。