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あしはみていた
葦は見ていた
山本 周五郎
「週刊朝日」1947(昭和22)年6月22日号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 17,985 字 · 36 页
四
女は声をあげて泣き、幾たびも彼の腕を噛んで、その自分の歯の痕へ狂ったように頬ずりをした。
帰国してからまもなく、彼は無名の手紙で料亭へ呼びだされた。新京橋に近い、「源宗」という料理茶屋で、いってみるとおひさであった。彼女はすっかり窶れて、病人のようにみえた。彼女は計之介を見ると哀れに笑い、肩をちぢめながら云った。
――どうぞ叱らないで下さい。
――どうしたんだ。
彼にはわけがわからなかった。
――お願いですから叱らないで。
おひさは彼にしがみつき、そして激しく泣きだした。
四
計之介はちょっと黙った。
「それは知らなかった」と東次郎が云った、「そうか、江戸からやって来たのか」
計之介は暫く黙って、それからまた話し続けた。
おひさは江戸をぬけて来、この城下の木花町で芸妓になった。彼に逢おうとは思わなかった、ただ彼のいる土地に住みたい一心だった、と云った。
――でも一度だけおめにかかりたかったので、思いきって手紙をさしあげたんです。
おひさはそう云って微笑した。
――これで気が済みました、いちど逢えたし、同じ土地にいられるのだから本望です、もう二度と御迷惑はかけませんわ。