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あし

葦

山本 周五郎

「週刊朝日」朝日新聞社、 1947(昭和22)年6月22日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,406 字 · 25 页

青空文庫

女は紐を解き、蓋をあけて、中から鬱金木綿に包んだ物をとりだした。ちょっとためらったのち、女はそれをひろげた。くるんである綿をのけると、古い漢鏡が一面でてきた。……女は古鏡のおもてを拭いて、そこにうつる自分の顔をみつめた。

霧は濃くなって、川波の上を低くゆるやかに這いはじめた。空には赤みがさし、霧を透して高く鳥の渡るのが見えた。……鏡をみつめる女の表情が変った。きわめて僅かな時間に、眼のまわりに暈があらわれ、それが顔つきぜんたいに深い陰翳を与えた。眸子は大きくなり、きびしい光を帯びて耀いた。「いただいてまいります」女はこう呟いて、鏡を元のように包み、ふところへしまった。そして袂から一通の封じ文をとりだし、筐の中に入れて蓋をした。紫の紐を結ぶとき女の手はふるえ、眼から泪がこぼれ落ちた。

霧はいよいよ濃くなり、条をなし、渦を巻いて川しものほうへと揺曳している、微風が立ちはじめたのだ。澄んだ声で鳴きながら、一羽の鶺鴒が葦の上をかすめ、淀みのかなたへ飛び去った。

みぎわの土の上に筐を置いて、女は立ちあがった。川面を見た。乾いている唇をなめ、つよく歯で噛みしめた。